携帯電話の2世代から3.5世代のアクセス方式に用いられているCDMAは1941年、ユダヤ人家庭に生まれた女優 ヘディ・ラマーが28歳のとき、ナチスドイツに無線傍受されない秘匿通信技術「Secret Communication System」の開発に成功し特許を取得しました。また開発協力者は作曲家のジョージ・アンタイルという人でした。特許の基礎技術はスペクトラム拡散の一方式「周波数ホッピング・スペクトラム拡散(FHSS)」です。
第2回
無線通信方式について
① 無線区間の複信方式
私たちが利用している携帯電話(本講座ではスマートフォンを含め以下 携帯電話と表現します)は第1回で解説したように、図1に示した無線区間で携帯基地局と送受信を行い、離れた相手と同時に通信しています。これを複信方式と呼んでいます。複信方式とは相対する方向(自分⇔相手)で同時に送受信を行う方式です。
無線区間において、携帯電話から携帯基地局に向けた送信を上り回線、携帯基地局から携帯電話に向けた送信を下り回線と呼んでいます。携帯電話の無線区間では図3に示すように、上り回線と下り回線に異なる無線周波数を使用する2波複信方式を用いており、これを周波数分割複信(Frequency Division Duplex:FDD)と呼んでいます。FDDは下り回線と上り回線の周波数が異なるため、これを分離するためのデュプレクサが必要となり、送信機と受信機もそれぞれの周波数に対応させる必要があります。FDDに対応した送受信の基本構成を図4に示します。
また、携帯電話と類似点の多いデジタルコードレス電話(Personal Handy-Phone System:PHS)があります。このPHSも携帯電話と同様に離れた相手と通信を行いますが、PHS端末とPHS基地局間の無線区間に送受信同一周波数を用いた1波複信方式を用いている点が携帯電話と異なります。PHSでは送受信の同一周波数を高速で切り替えて上り回線と下り回線を構成し通信を行います。これを時分割複信(Time Division Duplex:TDD)と呼んでいます。図5にTDDの原理を、図6にTDDに対応した送受信の基本構成を示します。また表3にFDDとTDDの特徴を示します。
このように複信方式にはFDDとTDDの2つの方式があり、表1からわかるように現在の携帯電話サービスにおいて、無線区間の複信方式にFDDが多く使用されているので本講座ではFDDを中心に説明します。TDDについては別項で説明する予定です。
図3 FDD方式
図4 FDDに対応した送受信の構成
図5 TDD方式
図6 FDDに対応した送受信の構成
表3. FDDとTDDの比較
複信方式 | 原理 | 特徴 |
FDD | 周波数帯域を分割し独立して送信と受信を行う |
|
TDD |
|
|
② 無線区間のアクセス方式
携帯電話は無線区間のアクセス方式によって携帯電話の世代が異なることを表1で示しました。それらのアクセス方式にどのような技術を使用しているのか、以下に概要を説明します。図7は各アクセス方式の周波数軸、時間軸、電力軸の関係を示しています。
-
FDMA(Frequency Division Multiple Access)
第1世代の携帯電話は上り回線および下り回線に割り当てられた2周波数の帯域を、NTT方式では25KHz、NTT大容量方式では12.5KHzの通信用キャリアに分割し同時に複数の携帯電話の通信を可能としています。これを周波数分割多元接続(FDMA)と言い、概要を図7(a)に示します。第1世代ではアクセス方式にFDMA、複信方式にFDDを使用しているのでFDMA-FDDと表します。
第1世代の通信用キャリア数はNTT方式では600、NTT大容量方式では2000ですが基地局には端末の数だけ受信機が必要で装置規模が大きくなり、しかも伝送速度を柔軟に可変することが困難です。また基地局や携帯電話の送信出力が数ワットありサービスエリアも約10kmと広く、多くの携帯電話が同時に通信するための制御が難しい方式でしたが、移動中や車の中から電話をすることが可能となったことはモバイル通信の先駆けとなり、それまでの有線電話の世界を大きく変えたシステムです。図7 (a) FDMA方式
-
TDMA(Time Division Multiple Access)
第2世代の携帯電話としてPDC (Personal Digital Cellular)があげられます。PDCにはデジタル信号処理技術が導入され、変復調、音声信号の符号化および各種制御などの主要機能がデジタル構成で実現しました。PDCでは変復調方式にπ/4-QPSKを用いて、符号化技術により音声信号データを11.2kbit/sに圧縮することができ、この結果第1世代のアナログ方式に使用していた通信用キャリアの配置をそのまま使用し、通信用キャリアの時間軸を3分割して使用することが可能となり、通信チャンネル数を第1世代の3倍とすることができました。その後符号化技術をさらに高度化することにより音声信号を5.6kbit/sに圧縮することが可能となり通信チャンネル数を6に増やすことができました。[ア]
このように通信に使用するキャリアの時間軸を複数に分割し、分割した複数の時間(タイムスロット)をそれぞれの携帯電話に割り当てることにより同時に複数の携帯電話の通信が可能となりました。これを時分割多元接続(TDMA)と言い、概要を図7(b)に示します。第2世代ではアクセス方式にTDMA、複信方式にFDDを使用しているのでTDMA-FDDと表します。TDMAはキャリアの時間軸を分割した多重方式ですので、タイムスロットがずれたり重なったりしないように時間(タイミング)管理が重要です。このため、各タイムスロット間にはタイムインターバル挿入していますが、タイムインターバルの時間を多く設定すると実データの伝送効率が低下してしまい、最適化が必要です。TDMAはデジタル変調に適した方式でFDMAの装置に比べて送受信機の数を少なくできることが特長です。
図7 (b) TDMA方式
-
CDMA(Code Division Multiple Access)
第2世代から3.5世代の携帯電話に使用されている多元接続方式で、音声・データの変調信号を携帯電話ごとに異なるスペクトル拡散符号を用いて広帯域に拡散し、それぞれのスペクトル拡散符号に対応した複数の送信信号を同一周波数上に生成し多元接続を実現する方式です。これを符号分割多元接続(CDMA)と言います。
スペクトル拡散符号はランダム符号(PN:Pseudo Noise)を用います。拡散された送信信号は変調信号の周波数帯域(音声・データのシンボルレート)よりも広帯域に拡散され、この拡散された高速のデータをチップと呼び、拡散符号の変化速度をチップレートと呼びます。またチップレートとデータのシンボルレートの比を拡散率と呼んでいます。[イ]
CDMAの概要を図7(c)に示します。
第2世代から第3.5世代のアクセス方式はCDMA、複信方式にFDDを使用しているのでCDMA-FDDと表します。CDMAは同一周波数、同一時間に複数の携帯電話が通信を行っても、携帯電話ごとに異なるスペクトル拡散符号を割り当てるので携帯電話ごとの通信チャンネルを識別することができます。CDMAはFDMA、TDMAに比べて周波数利用効率は高く、TDMAと同様にデジタル変調に適していますが、基地局の送信機には相互変調を防ぐため高い線形性が求められます。図7 (c) CDMA方式
-
OFDMA(Orthogonal Frequency Division Multiple Access)
第3世代以降、携帯電話の使用目的が音声通信からメール、インターネットアクセスなどのデータ通信に移行してきました。これに伴って通信のデータ量は急増し第3世代および第3.5世代の無線区間の伝送速度を上回る方式の開発が望まれていました。このため2004年末から無線区間の飛躍的な向上を目指したシステムの標準化作業が進められた通信方式がLTE(Long Term Evolution)方式で、主要諸元を表4に示します。[ウ]
第3.9世代の携帯電話にはこの規格が使用されサービスが提供されています。第3.9世代は、デジタルテレビの変調技術OFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing)を使用しています。
OFDMは無線区間で発生するマルチパス環境でも高品質で高速な通信が可能で、データ通信、画像通信などの多様な通信に最適な変調方式と言われています。第3.9世代では下り回線には直交周波数分割多元接続(OFDMA)方式を使用し周波数軸と時間軸を分割して通信チャンネルを多重化しています。OFDMAは複雑な制御が可能で、複数ユーザの無線区間環境に応じて伝送効率の高い通信チャンネルを割り当てることにより効率的に複数ユーザのトラヒックを処理します。OFDMAは低ビットレートで変調した複数のキャリアを15KHz間隔で、それぞれのサブキャリアが直交するように配置し、高効率の伝送を可能とする方式です。ここで複数のキャリアのひとつをサブキャリアと呼び12個のサブキャリアをひとつの単位としています。また直交とは「サブキャリア同士が互いに干渉しない」という意味です。これにより無線区間の品質劣化の要因となるマルチパスやフェージングに起因する干渉の影響を回避し、高品質な通信を実現し周波数の利用効率を高めています。OFDMAは図7(d)に示すように複数のサブキャリアを周波数軸上に束ねて送信するため、各サブキャリアの信号間の相関により平均電力より高いピーク電力が発生する場合があります。このピーク電力が発生した場合、送信機の線形性が不足していると送信機は非線形領域で動作し信号に歪が発生します。これを非線形歪と言い、非線形歪が発生すると通信の品質は劣化してしまいます。このため下り回線の送信機はピーク電力を考慮した設計が必要となります。このため送信機にはピーク電力を想定し出力可能な電力に余裕を持たせています。例えば送信出力に10W(+40dBm)が必要な場合、30W(+44.8dBm)の出力能力のある送信機を使用した場合、電力で3倍、デシベルで表すと4.8dBの余裕があることになります。この余裕をバックオフと呼び、バックオフが大きいほど線形性の高い送信機と言えます。しかしバックオフの大きい送信機は多くの電力を消費しますので最適なバックオフを持つ送信機が必要となります。
一方、携帯電話は外出時など電池への充電が難しい環境で使用するため長時間の動作が要求されます。
第3.9世代携帯電話は上り回線のアクセス方式にSC-FDMA(Single Carrier-Frequency Division Multiple Access)という技術を使用しています。SC-FDMAは下り回線と同じ変調技術のOFDMを使用していますがSC-FDMAは1つのキャリアを変調するので、下り回線に使用しているOFDMAに比べてピーク電力が下げられる特徴があります。このため携帯電話の送信機の線形性に対する要求は軽減され、その結果消費電力を抑えることができ外出時にも携帯電話の長時間使用が可能となります。表4. LTE方式主要諸元
アクセス方式 下り OFDMA 上り Single-carrier FDMA 周波数帯域幅 1.4、3、5、10、15、20MHz サブキャリア間隔 15KHz ガード区間 ショート:4.7µsec ロング:16.7µsec フレーム長 10ms サブフレーム長 1ms 変調方式 QPSK、16QAM、64QAM(上り回線の64QAMはオプション) 誤り訂正符号 ターボ符号 マルチアンテナ技術 1×2 SIMO、2×2 MIMO、4×2 MIMO、4×4 MIMO 図7(d)OFDMA方式
コラム CDMAの発明
参考文献・資料等
[ア]尾上誠蔵 他 「PDC方式の周波数拡大特集-アナログ帯域のデジタル化-」:NTT DoCoMoテクニカルジャーナル Vol.4 No.4
[イ]立川敬二 監修 「W-CDMA移動通信方式」丸善 ISBN4-621-04894-5
[ウ]情報通信審議会 情報通信技術分科会 携帯電話等周波数有効利用方策委員会報告 「諮問第81号 「携帯電話等の周波数有効利用方策」のうち「第3世代移動通信システム(IMT-2000)の高度化のための技術的方策」 平成20年12月11日