① 復調(検波)方式
音声やデータで変調された無線信号を受信し、音声やデータとして利用するためには復調(Demodulation)技術が必要です。
復調技術は表6に示すように非同期検波と同期検波に分類されます。非同期検波は受信した変調波の周波数や位相を正確に知る必要がありませんが、これに対して同期検波は受信した変調波から復調側で基準搬送波を再生し周波数と位相を合わせて検波を行います。
方式 |
分類 |
適用可能な変調方式 |
包絡線検波 |
非同期 |
AM、ASK |
周波数弁別検波 |
FM、FSK |
遅延検波 |
同期 |
PSK、FSK |
同期検波 |
PSK、ASK、FSK |
② 非同期検波
非同期検波はAM変調波およびFM変調波の検波に用いられており、主に音声帯域の信号を伝送する放送波または低速度のデジタル信号でASK、FSK変調された変調波の検波に使用されています。
AM変調波の検波は包絡線検波が一般的で、その構成例を図14に示します。図14ではAM変調波をダイオードに加えると変調波の振幅が(+)の領域でダイオードに電流が流れます。これを整流作用と言い、包絡線検波はダイオードの整流作用を利用しているわけです。図中、C1及びR1で搬送波成分が平滑されて直流分と音声信号が重畳された波形が得られます。さらにC2で直流分を阻止し音声信号のみを通過させるとR2の両端に音声信号が出力されます。
ダイオードの入力側にコイル(L)とコンデンサ(C)の共振回路(同調回路)を設け、希望の放送波の周波数に合わせるとAMの放送波を検波することができます。この放送波の周波数に合わせることを「同調:Tuning」と呼んでいます。図14の構成を応用したものに「ゲルマニウムラジオ」があります。少ない部品と簡易な構成でAM放送の強電界地域では受信が可能です。このゲルマニウムラジオを製作した経験をお持ちの方がいるのではないでしょうか。
FM変調波の検波はフォスター・シーレー検波、フォスター・シーレー検波の変形型のレシオ検波が古くから使用されています。これらの動作原理はL、Cの共振回路を用いてFM変調波の周波数変化を振幅の変化に変換し、この振幅変化をAM変調波の検波と同様に包絡線検波を行うことにより検波出力が得られます。
FMは音声周波数や振幅の変化に対応して周波数が変化しますので、FM変調波の振幅には音声やデータなどの情報はありませんが、FM変調波の振幅が何らかの原因で変動するとFMの検波品質が劣化します。このためFM受信機には受信信号の振幅を一定にするリミッタ回路が必要です。
電波の伝搬路で雷や干渉が発生すると放送波に雑音や干渉が混入する場合があります。AMの包絡線検波ではAM変調波の音声信号と雑音および干渉を区別なく検波してしまいますので、これらの雑音の混入した放送を聴くことになります。前述のようにFMの受信を安定に行うため、受信信号の振幅を一定に制限するリミッタ回路が必要で、このリミッタ回路は混入した雑音や干渉の振幅を抑圧する効果がありますので、雑音の少ない放送を聴くことが可能となります。
③ 遅延検波
遅延検波は同期検波または準同期検波に分類されるなどの説がありますが、本講座では同期検波に分類しています。
遅延検波は同期検波のように検波のための基準搬送波を再生するのではなく、図15に示すように1シンボル前の受信信号を利用して検波を行いますので、同期検波に比べて簡易な構成で実現できるところが特長です。
ここでシンボルとは変調速度とも言い、デジタル信号変調の位相、振幅、周波数の変化の時間間隔(単位:秒)の逆数で単位はBaud(ボー)です。
遅延検波では連続する2シンボル間の位相差を検出しますが、前のシンボルに含まれている雑音が加わるため検波特性は同期検波に比べて劣化します。さらに受信信号を1シンボル遅延させる遅延回路が必要で、一般的に遅延線時間が数百ns以下ではL、Cを用いて構成する場合が多いですが、遅延時間の精度および周波数特性が重要となります。例えばBPSK変調信号の伝送速度が5Mbit/sの場合、変調速度は5Mbaud、1シンボルの時間は200nsとなります。従って遅延検波を行う場合200nsの遅延時間を持つ遅延回路が必要となります。
さらに遅延検波は前述のように連続する2シンボル間の位相差を検出し、データを判定しますので送信側で送信データ系列に応じた差動符号化を行う必要があります。[ア]
図16に送信側で送信データの差動符号化後BPSK変調を行い、受信側で遅延検波を行う場合のデータの流れを示します。このように、送信側で差動符号化を行うことにより受信側で正しい検波出力が得られます。さらに受信信号が反転しても正しい検波出力が得られることがわかります。
④ 同期検波
同期検波は、送信された変調波から受信側で検波に必要な基準搬送波を再生し、これを用いて検波を行います。
基準搬送波を再生する場合
① 基準搬送波再生周波数
② 変調方式
③ 変調速度
④ 基準搬送波再生回路の引き込み周波数範囲
⑤ 再生した基準搬送波のS/N
などの項目を考慮する必要があります。
基準搬送波を再生する方法として、表7に示すように逓倍法、逆変調法、コスタス法などがあります。
方式 |
概要 |
逓倍法 |
受信信号をn逓倍し、変調信号に依存しない搬送波成分を抽出する
(n:変調位相の数、BPSKの場合n=2、QPSKの場合n=4、8PSKの場合n=8)
基準搬送波再生はタンクリミッタ方式または、PLL(Phase Locked Loop)方式を用いる |
逆変調法 |
復調信号を用いて受信信号に対して再度変調を行い受信信号の変調成分を打ち消し、搬送波成分を抽出する
基準搬送波再生は逓倍法と同じくタンクリミッタ方式または、PLL方式を用いる |
コスタス法 |
復調信号(ベースバンド)を用いて論理演算を行い、等価的に位相の逓倍を行い、変調信号に依存しない制御信号を抽出する
基準搬送波再生はPLL方式を用いる |
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逓倍法
逓倍法は受信信号をn逓倍することにより、変調信号に依存しない搬送波成分を得ることができます。図13(講座3)に示すようにBPSKは0とπの二つの位相、QPSKは0、π/2、π、3π/4の4つの位相、8PSKはπ/4毎の8つの位相状態を持ちます。これらの変調信号から変調信号に依存しない搬送波成分を得るには、BPSKでは受信信号を2逓倍、QPSKは4逓倍、8PSKは8逓倍する必要があります。この逓倍した受信信号を狭帯域フィルタにより変調信号に依存しない搬送波成分を抽出します。さらにPLL(Phase Locked Loop)を用いて再生した基準搬送波の位相雑音を低減するとともに、周波数と位相を受信信号に同期させます。例えば、受信信号がQPSKで周波数が100MHzの場合、受信信号を4逓倍し400MHzとして狭帯域フィルタを通過させて搬送波成分を抽出し、分周回路やPLLなどを用いて受信信号と同じ100MHzの基準搬送波を再生します。[イ]
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逆変調法
同期検波により得られた同相(I-ch)および直交(Q-ch)のベースバンド信号を用いて受信信号を逆変調します。この逆変調により受信信号は無変調の搬送波となり、搬送波抽出が可能となります。逆変調法はPLLループ遅延時間を比較的小さくすることができる回路構成であるため、周波数や位相の変化に対する追従性が優れていることが特長です。[ウ]
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コスタス(Costas)法
コスタス法はJohn P.Costasにより考案された基準搬送波再生法です。
前述の逓倍法および逆変調法は受信信号から搬送波抽出を行いますが、コスタス法は同期検波したベースバンド信号を演算して逓倍することにより変調信号に依存しない制御信号が生成されます。
図17はQPSK復調部の構成で、コスタス法を用いた基準搬送波再生回路の例を示しています。同期検波出力のI-chおよびQ-chのベースバンド信号を用いて和回路、差回路、排他OR回路などのアナログおよびデジタル演算回路を経て変調信号に依存しない制御信号が生成され、これを用いてPLLのVCO(Voltage Controlled Oscillator)を制御します。
コスタス法は、ベースバンド帯の信号処理を行いますので、他の搬送波抽出法に比べてIC技術などの利用が可能で、安定な動作が得られることなどの利点があり、広く利用されています。
図18は16QAM復調部の構成例で搬送波の再生はQPSKと同じコスタス法を用いた例を示しています。QPSKのI-chおよびQ-chの信号点はそれぞれ2値ですが、16QAMの信号点はI-chおよびQ-chそれぞれ4値となりますので4値の信号点を識別する必要があります。これらの多値信号の識別器としてADC(Analog to Digital Converter)は最適なデバイスです。
図19はADCを用いた16QAM信号のI-chまたはQ-chの4値の信号点の識別を示したものです。4値の信号点はADCにより2系列(パス1、パス2)の信号に識別されます。
ADC出力のパス1およびパス2はI-chまたはQ-chベースバンド信号の識別結果で差動変換などの信号処理を行った後受信データとなります。パス3、パス4は誤差を表し、パス3は誤差の方向、パス4は誤差の大小を表します。ADC出力の各パス信号を用いてVCO制御信号やベースバンドアンプの利得変動、直流レベルのドリフトなどを補償する制御信号を生成することができます。[エ]
基準搬送波を逓倍法、逆変調法、コスタス法を用いて再生した場合、n位相の数だけ引き込み位相(安定点)がありますので、引き込み位相による検波出力の不確定性を除去するためには送信側で和分論理変換および受信側で差分論理変換を行う差動符号化が必要となります。[オ]
コラム 無線方式の雑音配分と装置設計について
無線方式の設計には無線回線設計が必要で、伝送容量、変調方式、雑音配分などの検討・設計を行います。その結果から無線装置の仕様を決め、無線装置の各部機能・特性などの詳細仕様が決められます。
変調方式にQPSKを用いたデジタル無線方式の雑音配分の例を示します。
一般に、無線装置の特性は理論どおりの特性および動作を実現するのは困難ですので、無線装置の経年劣化などを含めた不完全性に起因する固定劣化分として、2dB~6dB配分される場合が多く、今回の講座では復調技術を紹介しましたが、同期検波の検波特性、基準搬送波再生特性などについても固定劣化分が配分されます。他の固定劣化の発生要素としてフィルタ、アンプ、発振器などがあり、これらについても固定劣化分が配分されます。
無線送受信装置の構成要素を分類し、これらの劣化要因について分析してみると意外な劣化要因に気づく場合があります。
干渉、熱雑音などについては本コラムでは書ききれませんので、別の機会がありましたら紹介したいと思います。
参考文献・資料
[ア]関 清三著:ディジタル変復調の基礎;オーム出版局 ISBN4-274-03565-4
[イ]宮内一洋他:衛星通信;電機大出版局 ISBN4-501-31110-X
[ウ]山本平一他:高速QPSK用搬送波同期系の設計と特性;研究実用化報告第24巻第10号(1975)
[エ]松江英明他:モード切替機能を有する16QAM搬送波再生回路の構成と特性;電子通信学会論文誌‘85/3 Vol.J68-B No.3
[オ]桑原守二他:ディジタルマイクロ波通信 企画センター ISBN4-87367-046-2