はじめに
本講座では干渉の机上検討にあたり、電波法関係審査基準を参考または引用した数値以外は筆者が仮の数値および条件を設定しております。従いまして本講座で算出した各数値は実用的ではありません。本講座の計算等の過程を参考にしていただけたら幸いです。
読者の方々にはあらかじめご了解していただくようお願い申し上げます。
第8回講座と次回の9回講座で干渉雑音について説明します。
無線局を新規設置運用または既存の無線局に無線システムを増設運用しようとする場合、同一周波数帯を用いて運用している他の無線局との干渉について十分に検討し、他の無線局の運用を阻害する混信を与えないことが必要です。[*5]
干渉は自無線局の送信する電波が他の無線回線に与える干渉と、これとは逆に他の無線局の送信する電波が自無線回線に与える干渉があります。一般に、干渉を与えることを「与干渉」、受けることを「被干渉」と言います。
【説明】
*5:混信等の防止
電波法第56条に「混信等の防止」について規定されています。
また、無線通信システムの具体的な「混信保護値」は、電波法関係審査基準で規定されています。
「電波は限られた資源であり、利用できる周波数は有限」であるため、[ア][イ]近接した周波数帯で運用する無線回線間で様々な条件の下で発生する干渉等について検討し、周波数共用を進めることは、周波数利用効率化のために大切なことと考えます。
① 干渉モデル
表11に 代表的な干渉と概要を示します。
-
同一伝搬路干渉
同一無線区間の同一システムのチャンネル間、および併設されている他システムのチャンネルとの干渉。
-
異伝搬路干渉
他ルートの無線区間で運用している他システムのチャンネルとの干渉。
-
同一偏波隣接チャンネル干渉
同一の偏波で自システムのチャンネル周波数配置(チャンネルまたはチャンネル配置と表記します)に対して、自システムまたは他システムのチャンネルが近接配置されている場合、チャンネル間で発生する干渉。
-
異偏波チャンネル干渉(コチャンネル配置)
同一方式で、互いに直交する偏波(垂直偏波(V)、水平偏波(H))に同じ周波数のチャンネルを配置する場合、チャンネル間(V偏波⇔H偏波)で発生する干渉。 干渉量はアンテナの交差偏波識別度(Cross Polarization Discrimination:XPD)に依存します。XPD特性はフェージングや降雨などの影響を受けて変動し、これに伴って異偏波間干渉量は変動しますので無線回線の品質が劣化する場合があります。このため回線設計時にはXPDの所要特性を十分検討する必要があります。
-
送信Front/Back(F/B)、Front/Side(F/S)干渉
アンテナ相互の指向特性、サイドローブ特性によりアンテナ間で結合が発生し干渉となる。干渉は相互のアンテナの配置の影響も受けます。
-
受信Front/Back(F/B)、Front/Side(F/S)干渉
アンテナ相互の指向特性、サイドローブ特性などによるアンテナ間の結合による干渉。干渉はアンテナの配置、相互の角度、さらに伝搬路のフェージングの影響を受けて変動します。
-
オーバリーチ干渉
無線中継区間数3以上で、2周波を交互に使用する場合に発生することがある。一例として、表11(7)に示す(c)区間でフェージングが発生し受信波の減衰が大きく、オーバリーチ干渉の減衰が殆ど無い場合に最悪状態となります。
-
衛星干渉:移動体衛星通信サービス、固定衛星業務、地球探査衛星、科学衛星、データ中継衛星
レーダ干渉:船舶の航行用レーダ、公共機関等の気象レーダ などとの干渉が考えられます。
以上のように、様々な形態に分類されますが本講座では表11に示した干渉のうち、(1)同一伝搬路の他システム干渉、および(2)異伝搬路の他システム干渉について机上検討を行います。
本検討の干渉モデルを図27に示します。また本検討の条件を以下のように限定します。
-
A局⇔B局には本設計の自システムと他システムが併設されており、これらは空中線および給電系を共用します。干渉形態は同一伝搬路干渉とします。
-
A局⇔B局(本設計の自システム)およびC局⇔D局(他ルート)の独立した無線回線が設置され、C局送信信号のB局自システム受信への干渉を想定しています。またC局とB局間の距離は10kmで見通しがあるものとします。C局⇒B局の干渉形態は異伝搬路干渉とします。
-
A局⇔B局およびC局⇔D局の無線回線の周波数帯、信号帯域幅、送信電力、アンテナ利得、給電系損失などのパラメータは工事設計(第6回講座 表10)と同一条件とします。
-
アンテナの指向性利得は、電波法関係審査基準「第2 陸上関係 4 その他 (4)ウ(ウ)C(標準受信空中線特性)」[ウ]を参考に算出し、その結果を図28に示します。電波法関係審査基準では利得は48dBi以下とされています。本講座では、自システムの工事設計において利得を42dBiとしているので、干渉検討に用いる指向性利得は計算結果から6dB減じています。一般に、アンテナの利得とビーム幅は関連しており、アンテナ利得が高くなるとビーム幅は狭くなり、逆にアンテナ利得が小さくなるとビーム幅は広くなる傾向となりますが、本講座では上記の計算結果から利得のみ6dB減じ、ビーム幅は変化しない条件とします。またアンテナの指向性利得は受信時および送信時とも同利得とします。
-
同一伝搬路の干渉検討はA局⇔B局双方向の干渉検討を行う必要がありますが、本検討ではA局⇒B局の片方向の干渉検討を行うこととし、A局自システムに併設された他システムの送信信号(以下 他システム(s))がB局自システム受信に与える干渉電力を算出します。
また、異伝搬路の干渉検討についてもC局⇔B局双方向の干渉検討を行う必要がありますが、本検討ではC局⇒B局の干渉検討を行うこととし、C局に設置した他システムの送信信号(以下 他システム(d))がB局自システム受信に与える干渉電力を算出します。
自システムのチャンネルは1波、同一伝搬路で与干渉となる他システム(s)のチャンネル数および異伝搬路で与干渉となる他システム(d)のチャンネル数をそれぞれ2波とします。
③ 同一伝搬路干渉
図29に本検討の自システムおよび他システム(s)のチャンネル配置例を示します。図29は自システムチャンネル数を1波、与干渉となる他システム(s)のチャンネル数を2波とした場合を示しています。
一般に、フェージング発生時における近接した周波数間のレベル変動の周波数相関は高いとされており、[エ]本検討では、自システムチャンネルと他システム(s)のチャンネルが近接配置されており、フェージング時には各チャンネルとも同時にほぼ同レベル変動するものとします。
本干渉検討では、工事設計(第6回講座 表10)と同様の方法で干渉電力を算出します。干渉計算シートの例を表12に示します。同表において他システム(s)が与干渉システム、自システムが被干渉システムとなります。上記2.(3)項に示したように信号帯域幅、送信電力、アンテナ利得、給電系損失などは工事設計と同じパラメータを用いています。
項目 |
記号 |
数値等 |
単位 |
備考 |
他システム(s) (併設) (A局) |
自システム (B局) |
条 件 |
周波数帯 |
f |
6.7 |
Ghz |
6.57~6.87 |
信号帯域幅 |
BW |
9.5 |
MHz |
|
変調方式 |
|
- |
QPSK |
|
|
干渉経路長 |
Dis |
50 |
km |
A局→B局 |
送 信 |
送信電力 |
Pts |
30 |
- |
dBm |
|
送受共用器損失 |
Lds |
3 |
- |
dB |
|
フィーダ損失 |
Lfs |
5 |
- |
dB |
|
アンテナ利得 |
Gas |
42 |
- |
dB |
|
干渉経路 伝搬損失 |
Lps |
142.9 |
dBi |
【参考】弊社HP 「電波関連計算ツール」 |
受 信 |
アンテナ利得 |
Gar |
- |
42 |
dB |
|
フィーダ損失 |
Lfr |
- |
5 |
dBi |
|
送受共用器損失 |
Ldr |
- |
3 |
dB |
|
定常時受信電力 |
Pr |
- |
-44.9 |
dB |
搬送波電力:C |
フェージング マージン |
Fmr |
30 |
dBm |
|
IRF(Δf:20MHz) |
IRF (20) |
- |
59 |
dB |
【引用】
電波法関係審査基準
第2 陸上関係 4
その他 (4)
別紙(4)-14 1
IRFの値 (2) |
IRF(Δf:30MHz) |
IRF (30) |
- |
80 |
dB |
Pts-Lds-Lfs+Gas-Lps+Gar-Lfr-Ldr-IRF(20) |
干 渉 計 算 |
定常時干渉電力 (IRF(20)) |
Is (20) |
- |
-103.9 |
dB |
Pts-Lds-Lfs+Gas-Lps+Gar-Lfr-Ldr-IRF(20) |
定常時干渉電力 (IRF(30)) |
Is (30) |
- |
-124.9 |
dBm |
Pts-Lds-Lfs+Gas-Lps+Gar-Lfr-Ldr-IRF(30) |
定常時干渉電力(2波) |
Is |
|
-103.87 |
dBm |
Is(20)+Is(30) |
定常時C/Is |
C/Is |
- |
58.97 |
dBm |
Pr-Is |
フェージング時 干渉電力(IRF(20)) |
Is (20) fmr |
- |
-133.9 |
dB |
Pts-Lds-Lfs+Gas-Lps+Gar-Lfr-Ldr-Fmr-IRF(20) |
フェージング時 干渉電力(IRF(30)) |
Is (30) fmr |
- |
-154.9 |
dB |
Pts-Lds-Lfs+Gas-Lps+Gar-Lfr-Ldr-Fmr-IRF(30) |
フェージング時 干渉電力(2波) |
Is fmr |
|
-133.87 |
dBm |
Is(20)fmr+Is(30)fmr |
フェージング時 C/Is fmr |
C/Is fmr |
- |
58.97 |
dB |
Pr-Fmr-Is(30) fmr(干渉雑音配分値:26dB/2波) |
干渉検討にIRFは重要な項目です。(概要は第7回講座参照)本検討では電波法関係審査基準に規定されているIRFを引用し、与干渉チャンネルと被干渉チャンネルの離隔周波数Δf=20MHzのとき59dB、離隔周波数Δf=30MHzのとき80dBとしました。
図29に示すように、自システムチャンネルと他システム(s)チャンネルの離隔周波数Δfは20MHzおよび30MHzの2波ですので、それぞれのチャンネルからの干渉電力を算出します。
また干渉検討は、伝搬路でフェージングの無い定常時とフェージング時の状態について検討を行います。
本検討では工事設計から、定常時の受信電力(搬送波電力)Prは-44.9dBm、フェージング時の減衰量はフェージングマージンFmrの30dBを用います。
④ 同一伝搬路干渉の計算例
定常時およびフェージング時の他システム(s)チャンネル2波から自システムチャンネルへの干渉電力を1波ごとに算出し、2波の干渉電力を加算し、搬送波電力対干渉電力比C/IsおよびC/Is( fmr)を求め干渉雑音配分値と比較し、判定を行います。
-
定常時の他システム(s)チャンネルからの干渉電力Isを算出し、搬送波電力対干渉電力比、C/Isを求めます。
定常時の干渉電力Is(20)およびIs(30)を算出します。
次に、式(19.1)および式(19.2)で算出したIs(20)およびIs(30)の電力和Isを求めます。
従って、定常時の搬送波電力対干渉電力比C/Isは
となります。
-
次にフェージング時の他システム(s)チャンネルからの干渉電力Is fmrを算出し、搬送波電力対干渉電力比C/Is fmrを求めます。
次に、フェージング時の2波の干渉電力和Is fmrを求めます。
従って、フェージング時の搬送波電力対干渉電力比C/Is fmrは
となります。
-
同一伝搬路干渉のまとめ
雑音配分(第5回講座 図21)では、同一伝搬路干渉雑音に26dB(2波)配分されていますので本検討における干渉雑音は、定常時のC/Isおよびフェージング時C/Is fmrともに58.97dBとなり配分値を満足する計算結果となりました。
本検討において同一伝搬路の搬送波電力対干渉電力比は、定常時(C/Is)とフェージング時(C/Is fmr)ともに同じ値となりました。
これは前述のように、自システムと他システム(s)チャンネルの周波数配置が近接している場合、フェージング時の周波数相関が高く各チャンネルは同時にほぼ同レベルの変動が起きるものと仮定しているので、搬送波電力対干渉電力比は定常時とフェージング時とも殆ど同じ値になるものと考えられます。
次回は異伝搬路干渉について説明いたします。
コラム 干渉補償技術
干渉補償技術のひとつに「ベクトル相関検出形干渉補償器」があります。その原理を下図に示します。[A]
図において、主アンテナで受信した受信信号に他ルートの他システム(d)送信信号が干渉している状態を示しています。他システム(d)の送信方向に補助アンテナの指向性を合わせ、補償信号検出のための信号を受信します。これを用いて相関検出制御部で、受信信号に干渉している他システム(d)干渉信号の等振幅・逆位相の補償信号を生成し、受信信号と加算することにより干渉が除去された受信信号を得る技術です。
参考文献・資料
[A]松江英明:ベクトル相関検出形干渉補償器;信学論B、J70B巻11号、p1393-p1399
1987年11月