第3回
無線通信に必要な変調技術

① 変調方式

無線通信では、音声やデータ等の情報を無線で遠方に伝えるには、電波に音声やデータ等を乗せることが必要で、この技術を変調(Modulation)といいます。
変調方式は表5に示すようにアナログ変調方式とデジタル変調方式があります。

表5. 変調方式

方式 種類 応用例・特徴
アナログ変調 振幅変調
(AM:Amplitude Modulation)
中波放送(AMラジオ)、短波放送
周波数変調
(FM:Frequency Modulation)
FM放送、コミュニティ放送
位相変調
(PM:Phase Modulation)
デジタル変調分野でPSKとして広く応用
デジタル変調 振幅偏移変調
(ASK:Amplitude Shift Keying)
振幅の違いでデジタル信号の1または0を表す。(2値の場合はOOK:On Off Keying)
周波数偏移変調
(FSK:Frequency Shift Keying)
業務用無線
C級増幅器が使用できるため電力効率が良い
位相偏移変調
(PSK:Phase Shift Keying)
BPSK、QPSK、π/4-QPSKなどのデジタル変調に多く利用されている
直交振幅変調
(QAM:Quadrature Amplitude Modulation)
16QAM、64QAM、256QAMなど高効率なデジタル変調方式

アナログ変調方式は音声等の振幅および周波数を搬送波に乗せる振幅変調(AM:Amplitude Modulation)と周波数変調(FM:Frequency Modulation)があります。
AMは中波放送、短波放送、アマチュア無線で使用されている変調方式で、FMはFM放送、コミュニティ放送などの変調方式に用いられており雑音に強く、AMと比べて高品質な音声伝送が可能であることが特長です。また電波の伝搬路で電界変動が発生しても比較的安定した通信が可能な変調方式です。FMは講座1で説明したように第一世代携帯電話方式の変調方式に用いられています。
AMおよびFMは各種放送で利用されており、現役で活躍しています。アナログ変調方式は送・受信装置が比較的簡易に構成できることが特長です。

デジタル変調方式は、アナログ変調方式とは異なり “1”と“0”の二値の信号を伝送する変調方式です。
デジタル変調方式には、搬送波の振幅の違いで“1”と“0”を表す振幅偏移変調(ASK:Amplitude Shift Keying)、搬送波の周波数の違いで“1”と“0”を表す周波数偏移変調(FSK:Frequency Shift Keying)、搬送波の位相の違いで“1”と“0”を表す位相偏移変調(PSK:Phase Shift Keying)などがあり、PSKはBPSK(Binary Phase Shift Keying)、QPSK(Quadrature Phase Shift Keying)、8PSK(8Phase Shift Keying)などの変調技術があります。
さらに、直交振幅変調(QAM:Quadrature Amplitude Modulation)は16QAM、64QAM、256QAMなど高効率なデジタル変調方式で、PSKとQAMは携帯電話、スマートフォン、無線LAN、地上デジタル放送などのデジタル無線通信に広く利用されています。

② 振幅変調

図8にAM変調器の基本構成を示します。

図8 振幅変調器の構成

AM変調器は乗算器と搬送波発振器から構成されます。簡略化のため変調信号を正弦波(fmt)とした場合の振幅変調波f(t)を数式で表すと [ア]

(6.1)・・・ f(t)=A0{1+m cos(2πfmt+θm)} cos(2πf0t+θ0

上式は以下のように表すことができます。

(6.2)・・・f(t)=A0 cos(2πf0t+θ0・・・周波数がf0の搬送波

+(A0m/2)cos{2π(f0+fm)t+θm0 }・・・上側波帯(Upper Side Band:USB)

+(A0m/2)cosn{2π(f0 -fm)t -θm0 }・・・下側波帯(Lower Side Band:LSB) 

ここで、
A0は搬送波の振幅、f0は搬送波周波数、fmは変調信号(6.1式、6.2式では正弦波)、mは変調度を表し最大値は1です。mが1以上の場合は過変調となり受信側で復調(検波)した場合、変調信号は歪んで出力されます。
振幅変調波のスペクトルを図9に示します。図9(a)は変調信号に正弦波を用いた場合で図9(b)は変調信号が音声のような連続スペクトルの場合です。
振幅変調は(6.2)式および図9(a)、(b)に示すようにUSBとLSBが生成され、これらは情報の伝送に使用できますが搬送波は役に立ちません。

図9 振幅変調出力スペクトル

③ デジタル変調

図10にBPSK変調器の構成を示します。デジタル変調を行うためには乗算器と搬送波発振器に加え送信データを差動符号化するデジタル信号処理回路、前記回路を動作させるためのクロック発振器が必要となります。

図10 BPSK変調器の構成

デジタル信号で変調された信号のスペクトルは広帯域に広がりますので、そのまま無線で伝送すると周波数帯域を広く使ってしまいその結果、周波数利用効率が大きく低下してしまいます。このためデジタル無線システムではロールオフフィルタを用いて変調信号のスペクトル整形を行い、デジタル信号伝送の品質劣化の主要因となる符号間干渉を発生することなく変調波の帯域を制限し、高い周波数利用効率を実現しています。[イ]

ここで差動符号化を簡単に説明します。変調方式にBPSK、QPSK、QAMなどを用いた無線通信では、送信機から送信された変調波から受信側で検波に必要な搬送波を再生し、これを用いて検波を行います。これを同期検波と言います。この同期検波に必要な搬送波を再生する場合、問題となるのは受信側で再生する搬送波は変調波のn相と同じ数の位相状態を持ちます。例えばBPSKはn=2、QPSKではn=4の位相状態を持ちます。この再生された搬送波を用いて同期検波した場合、検波出力は再生された搬送波の位相状態によりn通りの異なったものとなり、情報の伝送が正しく行われない場合があります。
このため送信側では変調信号に対して差動符号化と呼ばれる信号処理を行い、変調位相の変化に情報を持たせることにより受信側で搬送波の絶対位相を知ることなく送信された変調信号を正しく検波することができるわけです。

PSK変調波s(t)を数式で表すと下式のようになります [ウ]

(7.1)・・・ s(t)=A0 cos(2πf0t+θ0i

A0は搬送波の振幅、f0は搬送波周波数、Φiは変調位相を表し、Φi が変調信号に従い変化します。
BPSKの場合、Φiは0,πの2つの位相状態となります。
また、QPSKではΦiはπ/4、3π/4、5π/4、7π/4 の4つの位相状態です。

図11にQPSK変調器の構成を示します。

図11 QPSK変調器の構成

BPSK変調器と異なる点は、搬送波発振器の出力を移相器により直交した搬送波を生成し、それぞれ直交した搬送波を用いて2系列のBPSK変調を行い、2系列のBPSK変調波を合成することによりQPSK変調波を得ることができます。
ここで、BPSKとQPSKのクロック周期が同じ場合の両者を比較してみましょう。BPSKでは1クロック周期で一つ(1ビット)の送信データの変調を行います。これに対してQPSKではクロック1周期で二つ(2ビット)の送信データの変調を行います。つまりQPSKはBPSKの2倍の送信データを伝送することが可能です。これは同じ周波数帯域で比較するとQPSKはBPSKの2倍の伝送容量を持つことを示しており、無線通信において周波数利用効率の向上に貢献していると言えます。
PSKはBPSK、QPSKのほか8PSK、16PSKなどが使用されており、これらは1クロック周期でBPSKを除いて2ビット以上の送信データを伝送する変調方式です。しかし都合の良いことばかりではありません。1クロック周期で多ビットのデータを伝送する場合、図13に示すように信号点配置の増加さらに信号点間隔が狭くなるため伝送品質(符号誤り率)が劣化し易くなります。

図12 16QAM変調器の構成

図13 デジタル変調方式の信号点配置

ASKとPSKを組み合わせたAPK(amplitude phase keyingの略)の一部をQAMと呼ばれています。QAMはQPSKと同様に、搬送波発振器の出力を移相器により直交した搬送波を生成し、この生成した搬送波を用いて2系列のASK変調を行い、2系列のASK変調波を合成することによりQAM変調波が得られます。図12に16QAM変調器の構成を示します。[エ] 

16QAM変調器はシリアルの送信データを4系列のパラレル信号に変換(SP変換)します。この場合、4系列の変調信号はシリアルの送信データ速度に対して4倍のクロック周期つまり1/4のクロック周波数となります。
4系列の変調信号はI-ch、Q-ch の2系列のデータに変換され、DACを用いてそれぞれ4値(22)に多値化した振幅信号に変換し、この4つの振幅に情報としての意味を持たせ搬送波に振幅変調を行います。
16QAMはI-ch、Q-chの4値の振幅変調でそれぞれ2ビットの送信データの伝送を行うことができるのでI-ch、Q-ch を合わせると1クロック周期で4ビットの送信データの伝送が可能となり、QPSKよりさらに高効率な情報伝送が可能な変調方式です。
64QAMはI-ch、Q-chそれぞれ3ビットの伝送ができますので1クロック周期で6ビットの送信データの伝送が可能です。さらに256QAMは1クロック周期で8ビットの送信データの伝送ができるのでさらに効率の高い変調方式と言えます。
このように、QAMでは多値数を増やすほど多くの送信データを伝送することが可能ですが、BPSK、QPSKに比べて信号点の間隔が小さくなるため雑音などの劣化要因に対する様々な技術的課題の解決が必要となってきます。これらの課題については復調方式で説明する予定です。

コラム AM技術を用いた無線通信システム

AMのUSBまたはLSBの片方のみを利用しても情報の伝送は可能で、この方式を単一側波帯(Single Side Band:SSB)通信方式といい、AMの1/2の帯域で効率的な通信が可能です。このSSB技術を用いて電話の信号を4KHz間隔で多重化し多チャンネルの伝送を可能としたSSB-FDM伝送方式が1954年から1980年ごろまで活躍しました。
システムは4GHz、5GHz、6GHzおよび11GHzのマイクロ波帯を使用しており、1中継装置で電話を960ch、1800chさらに2700ch伝送可能な当時としては高効率の無線通信システムでした。
電話2700chをSSBに変換する装置の構成と規模を想像してみてください。

参考文献・資料等

[ア]宮内著「通信方式入門」p18~20;コロナ社 ISBN 4-339-00582-7

[イ]室谷他「ディジタル無線通信」産業図書(昭和60年 初版)

[ウ]奥村他「移動通信の基礎」p136;(財)電子情報通信学会 ISBN 4-88552-065-7

[エ]白土「エレクトロニクス 2001.12」p82~p85”今また注目されるQAM”;Ohmsha